2014年5月27日 (火)

いい本です

ルポ妻が心を病みました (ポプラ新書) 石川結貴

いい本だと思います。

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2013年8月 4日 (日)

精神科医が、どの口で”科学的”なんてのたまうのか?

人間の“心”の究極のメカニズムというものは、科学をもってしても完全に解明されることは半永久的にないだろうと私は思っています。


偉大な科学者であるニュートンは、こう言いました。


「私は真理という大海原を目の前にして、浜辺の上にすべすべした石やちょっときれいな貝殻を見つけては、はしゃぎ喜んでいる子どもにすぎない」。自分が発見したことなど、この広大な世界のほんの断片にすぎない、ということです。


裏返せば、「この世界のすべてなど、とうてい知ることはできない」という、とても謙虚な思いを表した言葉ともいえるでしょう。


それに比べて、精神医学は、広くて深い“心”というものを、あまりに単純にモデル化しすぎているようにも感じます。


そして、「自分は、もうだめだ」といった思考が湧いてきた時、その仮説修正に支障を生じる(思い込みをあらためられなくなっている)のが、流行の認知療法風に言えば、うつの病理というのならば…

セロトニンが足りなくなるからうつになり、セロトニンが増えればうつは治るというような…


いまだ実質的に行き過ぎたセロトニン仮説の修正がままならず薬偏重に陥っている精神医療の現状こそが、行き詰っている“現代うつ治療”自体の病理というのは言い過ぎでしょうか。


さらに私が懸念するのは、患者さんが必死の思い出探し出してきた民間療法を「科学的でない」の一言で切り捨てる精神科医が多いことです。でも、本当に科学的でないのはどちらでしょうか?


セロトニン仮説を本気で信じこむ専門家の姿勢は、どこまで科学的
だといえるのでしょうか?


拙著の脳の慢性炎症というテーマには、そうしたことへのアンチテーゼもこめたつもりです…


拙著“「脳の炎症」を防げば、うつは治せる”(永岡書店)あとがきより抜粋

↓一部、中が読めます

一部、中が読めます 

2013年7月27日 (土)

バカに同じ叱り方しか繰り返せないのも、同じくらいバカ!?




男の人って、どうしていつも同じことを注意されても直せないの? 多くの女性から、そんなイライラ話をよく聞きます。
 
何度注意しても、夫が靴下を脱ぎっぱなしにしてしまう……とか。口を酸っぱくして注意しても同じことを繰り返す。

「何で大人相手にそんなことを注意しなきゃいけないの?」と、つい感情的になるのもわかります。「わざとやって私をイラ立たせているの?」「怒られたくて、甘えているの?」「まさか私を無視しているの?」ってな風に。
 
正当性を主張しているつもりが、声は荒立ち、表現はきつくなり、気がつけば男性の過去の過ちを出会った時にまでさかのぼって責めたてている……。でも、肝心の相手の言動は一向に変わらず、相手はまた同じことを繰り返す。
 
そのうち、男性が言いだします。「ガミガミ言うなよ。そんな昔のことまで、持ち出すなよ」「あなたが悪いところが直らないから注意しているんじゃない!? 自分が悪いくせに、反省するどころか、何よ、開き直り!?」と。
 
結局、売り言葉に買い言葉、いつの間にか本題とはかけ離れた過去のけんかのリターンマッチが繰り返されるわけです。そのうち女性はヒステリー女扱いされて、男性からの愛情も覚めていく。女性の側も理不尽なわけです。「私だって、言いたくて言っているわけじゃないのに」って。
 
ちょっと過激ですけど、こんな言葉があります。
 
「同じ失敗を何度も繰り返すやつはバカだけど、バカに同じ叱り方しかできないのも同じくらいバカなんだ」と。

この意識、とっても大事なのです。精神医学には「たとえ内容が100%正しくても、伝え方が間違っていればマイナス100%の逆効果」という考え方があります。つまり、相手に効果的に伝わらなければ、たとえ善意からであっても、言っている側の憂さ晴らしでしかないということなのです。
 
大人はまだいい。
 
もっとかわいそうなのは相手が子供の場合です。親にそんな対応をされたら子供は泣 き寝入りしかない。結果、自分の本音を押し殺すだけの癖が身に付き、心身の成長に悪影響を与えたり、キレ癖がついて衝動制御に支障を生じさせ、その延長には、適切な対人関係が築けない大人になってしまうことも知られてきています。
 
「なんで、相手にそこまでへりくだらないといけないの?」と、不満に思う人は、職場でも、教育でも、男女関係でも「同じ叱り方ばかりで相手を変えられない自分」の未熟さに少し目を向けてみませんか? 結局、「相手のため」以上に、自身のひと回り大きな人間的成長として返ってくることも意識したいものです。

そして、それは「あの患者はどうせ言ってもだめな患者なんだ」と気軽に言いがちな精神科医には、私も含めて肝に銘じたい言葉だったりもします。

こんな私のエッセイが…

「自分がきらい」を終わりにする本」(河出書房新社)」(河出書房新社)

にいっぱいつまっています




2013年7月25日 (木)

英国(NHS)ではうつ外来に、精神科医の居場所はない!

名ばかり管理職の精神科医なんて、有害無益!?

そんな過激な論文が、日本で最も主要な日本精神神経学会の”精神神経学雑誌”に掲載されていました。



我が国の精神医療におけるコンプレックス・インターベンションの可能性
―複雑な臨床要素を疫学研究に生かす(Shrinking Shrinker“役割を失う精神科医”時代の)新たな方法論

https://www.jspn.or.jp/journal/symposium/pdf/jspn108/ss691-700.pdf

より、一部引用です。

英国NHS では原則的に外来レベルのうつ病や不安障害の治療に精神科医の出番はない19).なぜなら精神科医のタスク・シフト(権限移譲)が進んでいるためである16).

これは医療経済的なメリットや専門的に高強度な介入を行うために精神科医の権限を制限コメディカルなどに権限や財源的裏付けを与えることでより細分・専門化された多様な介入をリーズナブルに実現し,精神医療における治療機会を増やし,介入効果を高め,それがスティグマ軽減にもつながるというコンセプトである.

元々は,精神科医供給量が足りない途上国へのWHOイニシアティブであったが,先進国モデルとしても事実上このタスク・シフトが進んでいるのが現状である.英国NICE(National Institute for Health and Clinical Excellence)では,すでに軽~中等度のうつ病や不安障害といった日常精神障害(Common Mental Health Disorders)19)においてはSSRI などの薬物療法単独では限界を認め,認知行動療法を中心とした精神療法や運動療法といった介入が通常治療として推奨されている.

そして,現実の英国精神医療では,心理療法士や看護師,社会福祉士,作業療法士,スポーツジムの有資格インストラクターといったコメディカルなどが中心となって介入を提供し,プライマリケアにおける日常精神障害治療には精神科医の役割は基本的には不要とされている.

薬物療法も,指針に従う処方だけならば精神科専門医である必要はなくGP(家庭医)で十分であり,精神科医の仕事は統合失調症や双極性障害,重度の障害や治療抵抗例が中心という状況である.他の主要欧州諸国もこの流れを追う.

筆者らは,医療制度や治療文化の異なる日本においてこの流れに無条件に賛成するほど楽観的ではないが,昨今の医療費高騰により強まる財政的圧力に加え,認知行動療法などでうつ病や不安障害が著明に回復に至る例が多々認められる英国精神医療の現状を見ていると,消費者である患者ニーズを軸にタスク・シフトを求める声は我が国でも徐々に高まってくると予想される.
 
タスク・シフトの過程では,精神科医の役割がより介入的業務から管理的業務にシフトする
が22),従来一部に認められてきたような心理社会的介入の十分な理解なく,実質的な介入をコメディカル任せにしたかのような形骸化したチーム管理では,徐々に精神科医のアイデンティティー喪失が英米のように進む可能性は懸念される

精神医療的介入が細分・専門化してきた現状ではその傾向は顕著になり,他領域の専門家に対する質的評価に基づいた適切な管理は一層困難になるであろう.

2012年11月17日 (土)

11月19日 めざましテレビ(フジテレビ)に出演します


最近、ブレーク中の栗原類君で、改めて見直されてきたネガティブ思考のメリット!

そんな中、いち早くポジティブ思考全盛の世の中に警鐘を鳴らしていた、拙著「ネガティブのすすめ」(あさ出版)も再度、注目していただけたとのことで…

11月19日「めざましテレビ」(フジテレビ)に電話取材で登場させていただけるそうです。

ネガティブな考え方の、心理学的な解説を加える予定です。

お時間がマッチする方は、ぜひ、ご覧いただけますと幸いです。


拙著、ネガティブのすすめ(あさ出版)もご参照いただければ幸いです。
SPA!2007年上半期ビジネス本大賞第3位受



ネガティブのすすめ






2012年11月12日 (月)

認知ばかり扱う、"頭でっかち"治療者には注意!~いくら認知を修正しても、治らないあなたへ


今、メンタルヘルスの世界では、認知行動療法といわれる心理セラピーが大流行で猫も杓子も認知行動療法が注目されています。
 
歪んだ考え方(認知)や行動を修正して気持ちを楽にしようというものです。
 
 
対症療法で症状をやわらげることはできても、いつやめていいかさえ本質的にはわかっていないような薬物療法よりは、病気のより根本を見つめなおすことで薬が不要になる可能性もある認知行動療法の人気があるのは、まあ、当然といえば当然でしょう。

 
もちろん、お薬をずっと続けなければならない患者さんもいっぱいいますが、薬以外をまったく経験せずに症状も完治せず、薬をずっと飲め…と、言われるだけだったら、やっぱり「そうじゃない治療」も試したいというのは理解できます。
 
 
ところが日本では患者さんの中でどうもこの認知行動療法、患者さんには賛否両論のようなのです。
 
ひとつには、やっぱりやり方がまだまだ欧米に比べると圧倒的に劣っているからというのは残念ながら現実だと思うのです。
 
 
たしかに、これは大きな治療選択肢のひとつとして考えるべきものではあるのですが、残念ながら先進国なのに例外的に心理セラピストが国家資格化もされておらず、事実上教育体制もプアで治療者のクオリティーコントロールがまったくなされてない我が国の現状では…名のれば誰でも明日からセラピスト、カウンセラーという自由すぎる世界ですし…
 
 
無免許者が客を乗せて運転練習を自己流ですれば法律違反ですが、この国は治療者が見よう見まねではやりの心理療法をクライアントに試すのには、かなり寛容なようですから…
 
数回のワークショップ受講後、治療者も本を読みながら見よう見まねで…クライアントさんで練習という方もいっぱいいますので…

下手したらあなたの前の治療者と称する人が、昨日までは違ってた…という可能性すらありえるのです。
 
そこまで極端ではなくても、心理師の質的な問題は深刻と言わざるをえません。
 
認知行動療法ってというのは…言葉のとおり、認知+行動の二本立てなはずなのですが…
 
 
どうも、昨今の流行の流れがやや古典的な認知療法的な流れを主に汲んでいるためか…認知に偏りすぎて行われる傾向が日本では顕著なようです。
 
たしかに、「しあわせはいつもじぶんのこころがきめる」といった相田みつをさんの詩が人気のように、一般に日本人には「心頭滅却すれば」的な精神論は親和性が高いこともあり、「認知行動療法=まずは歪んだ認知の修正」っていう風に誤解しやすい気持ちはわかるのですが…
 
 
健康度が高い方ならともかく、やはりある程度、心のコンディションを崩されているような方の場合…配慮が必要でしょう。
 
たとえば認知を変えるためのツールであるコラム表などを渡されて、何度も練習するんだけど…少しぐらい気分がよくなっても元気にはなれず、もしくはまったく効果が感じられず…なんていうことを言って、認知行動療法嫌いになる方が結構多いんですよね。
 
でも、実は、これ日本に多い大いなる誤解なんです。
 
特に、あなたが認知行動療法を専門家に受けようと思って、あなたの治療者がまず最初に
いきなりこのコラム表を持ち出して治療の最初からやるようにと…言いだしたら、この治療者は本当に認知行動療法をわかっているのだろうか?と一回、疑いましょう。
 
 
本場の認知行動療法では、まず通常は行動の修正から入れ…と口を酸っぱくして強調します。たとえば、ACTION comes before MOTIVATION (体を動かせば、やる気は後からついてくる)といった指導も強調されるように。
 
 
もちろん、あまりにも感情の激しい方や考え方の偏りが大きすぎて通常の話し合いにすら支障が生じるようなケースには、この”認知”から入ることもありますが…
 
 
それに、コラム法=認知行動療法って信じ込んでいる治療者がまだ日本では多いですし…
書店で売れている認知行動療法の本でもここばかりが強調されているわりに行動面の方法論はとてもプアでホントにこれでよくなるんだろうか?といった本も大きく入門書として広く紹介されていますのでより混乱を生みやすい。
 
実際は、このコラム法は、数ある認知行動療法のテクニックの中の道具のワンオブゼムでしかないんです。
 
 
実際には、欧米では患者さんが抱えている問題をビジュアル化して、自分には今何が起きているからを冷静にからくりを見極める作業(=概念化)を先に行うようにも指導されます。
 
 
外科で悪いところもはっきり検査でさせることなく、あちこちを切り刻んで手術しても意味がないように…
 
よくわからずに、めくらめっぽういきなり道具であるコラム法を練習したって、その効果を最大化させることはできないのは明白で…何度もコラム法を書かされたけどちっともよくならないという患者さんは、その戦術的観点だけでなく、もっと大きな戦略的な観点から
もう一度、妥当性をふりかえる意味があるとも言えそうです。
 
 
もしくは、うつ病で体が動かないような人が自宅で寝たきりで一日頭でっかちにコラム表で絞り出すように無理やり前向きに考えようとするよりは…

活動活性のスキルを通じて疲労や体のだるさを減らしたり、意欲や楽しめる感覚を回復してある程度元気になって社会的な部分に目が向くようになってからこそ…

ようやく、もともと病気にいたるような抱えていた認知の歪みを扱う方がはるか効率的なのです。
 
 
だから繰り返しますが、まず最初にあなたが受けた認知行動療法の治療者が、歪んだ認知の修正をしましょう…と言いだしたのならば…「私の場合、いきなり認知の修正からでいいのでしょうか?」と聞いて治療者の説明を見極めましょう。
 
もちろん、正当な理由があって認知の修正からはじまる場合もありますので…これも、黒か白か思考で「認知からはじめる認知行動療法は無駄だ」といった極端な思考には陥らないように気を付けていただければと思います。
 
いつも書いていますが、トップレベルの治療者でさえ素人向けにいくらもっともらしい立派なことを言ってはいても日本ではまだまだ多くの認知行動療法の専門家の技術は世界標準で見れば大人と子供くらい圧倒的に未熟です。
かといってないものねだりをしても、無理なものは無理ですから…
 
日本ではどうしても症状が本当に重い時には薬物療法に頼る割合が増えざるをえなかったとしても…ある程度軽い、もしくは症状がましになってきた段階では…
 
現実的な妥協案としては、可能なかぎり患者さんも認知行動療法をセルフヘルプ(自習)で学ぶことで、「治してもらう」ではなく「治療者と一緒に学ぶ」というスタンスをとることがお互いにストレスにならずに成果を得やすい方法ではないかな…と思ったりはするのです。
 
 
認知再構成以外の認知行動療法のテクニックに言及したセルフヘルプの方法のひとつである
拙著「新・薬を使わずにうつを治す本」(河出書房新社)も参照いただければ幸いです。


「新・薬を使わずにうつを治す本」(河出書房新社)

新・薬を使わずにうつを治す本

2012年11月 7日 (水)

「うつ病を“見える化”する」という“目くらまし”

精神科医の診断なんてあてにならないから…

 
脳画像や採血結果のデータから生物学的な診断アプローチを利用することで客観的に統合失調症や(躁)うつ病が正確に診断できるといった趣旨の報道が影響力の強い各マスコミで大々的に報道されてたいたようです。
 
 
 
特に、ある種の脳画像による診断検査が日本でも先進医療となったことで、最先端の素晴らしい検査ができる…かのような報じられ方がされ…私も多くの知り合いに問い合わせを受けています。自分で一万円ちょっと払わなければならないにも関わらず、どうもかなり人気のようで、けっこうな検査待ちとも聞きます。
 
 
 
しかし、ちょっと待ってください。本当にそんなに期待していいのでしょうか?結論から言えば、現段階では世界的にはまだ意見が分かれているということを知っていただきたいのです。
 
 
 
 
 
そもそも先進医療っていう言葉は、メディアに明らかに歪曲されて報道されている気がします。これは決して信頼性の高い最先端医療という意味ではなく、「実験してもらえる」的な意味あいが強いことはご存知でしょうか?
 
みなさんの研究協力の結果、意味がなかったと判明する可能性だって十分高いのです。
 
 
 
特に、精神医療で話題のこの検査については、いろいろある先端医療の中で、特にある種の一部だけが厚生労働省が特別扱いするのか?という声さえあるのも現実です。
 
 
 
 
 
精神医療の世界でも有数の研究機関であるロンドン大学精神医学研究所のトップで脳画像の世界的権威カプル博士に私は直接聞いてみたのですが、こういった生物学的診断は所詮、従来の人手による診断基準をゴールド・スタンダードにしている以上、今のところはその有用性についてはnot logically compelling(論理的に説得力がない)と切り捨てていました。
 
つまり、従来型の人手による診断にどれだけ生物学的検査で近づくかを見ているにしか過ぎないから…ということですね。
 
 
 
私自身は、こういった検査の学術的な研究価値はとても高いと思っていますが、まるで客観的な診断ができるかのようなメディア報道にはやや疑問を抱いています。
 
診療の助けになるかといえば、そういう意見は日本国内では多いけど、そうじゃない意見も世界的にはまだまだ多いとも思っています。
 
実際、2011年のNatureという権威ある世界的なサイエンス雑誌でも日本の脳画像検査を使った検査については批判記事も出ているほどなのです。研究に携わっている先生方の論文を読むととても謙虚にその現状を書かれていることを考えると、ちょっと過剰宣伝しすぎなのは明らかに報道の問題が大きいのではないかな…と個人的には感じています。
 
少なくとも報道を見て過剰期待している患者さんが多い現実については心配します。
 
 
 
結論から言えば、今の生物学的検診断査自体に自己満足以外にお金を払う価値があるとは思えませんが、大学病院で検査入院するとそれ以外にもいっぱいいろんな検査等はしてもらえてそれらは正しい評価や治療に役立つことも多い気もするので、そういう意味では今までの治療に行き詰っていた方には検査入院でついてくるおまけにおいては役立つ可能性を否定はしません。
 
ただ、繰り返しますが今の脳画像を中心とした生物学的診断検査自体にはまだ所詮は“先進医療”なんだということをぜひ理解したうえで、受けるかどうかを検討していただければと思います。
 
本質的には自分の今の治療に役立てるためではなく、将来の医学研究ために自らお金を払って受ける非常に心の広い人が善意で受ける検査なんだという事実をですね。

2012年10月12日 (金)

PHP12月増刊号に載ります!「悩みの仕分けで、ストレス大掃除」

PHP12月増刊号 (11月18日発売)に特集記事書かせていただきました!

今日からできる、”悩み”スリム化計画!
         ~“悩み”の仕分け作業で、ストレスも大掃除

1)変えられるものを変える技法
2)変えられないものを受け止める技法
3)それらを見極める心理学的マジネジメント

認知行動療法、対人関係療法、マインドフルネスセラピー、アクセプタンス&コミットメントセラピー、組織心理学

今、ロンドンで学んでいることの最先端のエッセンスを、抽象的な総論ではなく…“「具体的にどうしたらいいか」を主婦向け”にわかりやすく中心に書かせていただきました。コンビニや書店ならどこでも売っていると思いますので、堂々とお立ち読みください^^

心理学知識ゼロの方は無論、プロ心理職の方や精神科医にも参考になると思います。

特に、日本では1)ばかり強調され、2)はほとんど知られず、3)にいたってはノーマークになっているのが気になっていたので…参考になれば幸いです。

2012年10月11日 (木)

新型うつ病は、病気じゃない!?~ガキの使いじゃねんだから…!


日本うつ病学会ガイドライン


「”新型うつ”は、マスコミ用語であり、精神医学的に深く考察されたものではなく、治療のエビデンスもない」


だから…


「本ガイドラインでは対象としなかった」


って、書いて話題になったけど…


実際にそういう問題に苦しんでいる方は多くて、こんだけ社会問題にな っているのは事実な中で… こんな記述だけで終えるなんて、「ガキの使いじゃねんだよ」って思い ますよね。


こんな文面だけなら、専門家じゃなくて、まじめな中学生でも書けま すよ…^^


面倒な新型うつは、精神科医の仕事じゃない…っていうのはお気楽だけ どさ…


本文にとは言わないけど、社会的責任を負う立場なんだから…蘭外でも いいから何かしらの前向きな示唆を書いてほしかったですよね


これだけ話題になる新型うつについて触れたわけだから… 確かに、欧米にもこの概念はないけれど、実は、英国の名門モーズレー 病院の臨床家に尋ねると、これらはうつ病じゃなくて神経症(不安障害)モデルとして治療されているんですね。



これって、まるで馬ばかり見て、鹿をはじめてみた人が、新型「馬」と 名付けたものの…やっぱり「馬じゃない」と村のインチキ学者が騒いで いるのと一緒ですね…


外の村では、鹿なんですって、それは^^!


なんでもかんでも、すべてメンタルの問題は”うつ病”という軸でしか 見ようとしない、うつ病が大好きな精神科医の集まり“うつ病原理主義”によって…新型うつ病という表現の扱いに集約されている気がします。

そもそも、鹿の存在すら知られていない村で飼い方がわからないよう… 日本では、認知行動療法にしたってうつ病偏重だし、英国で進んでいる ような神経症をきちんと包括的に治療できる治療者なんてほとんど(う つ病ガイドラインをつくるような偉い先生には)いないわけで…

そのためにも、せめて、早く馬と鹿を見分けられるようにならないとだ めですよね!


いい加減、メンタルの問題は何でもかんでも“うつ病”にしちゃえば救われれる…みたいな“大乗うつ病”の考えはやめませんか?

2012年8月22日 (水)

魚はもらうだけで満足せず、魚の取り方を覚えよう ~メンタルヘルスB層”からの脱却を!





古き中国には以下の教えが知られています。飢えた人に魚をあげたら、一日、飢えずに済む。でも魚の取り方を教えてあげたら、その人は一生、飢えない。


これは教育にも共通です。親が子供に本当に与える最優先は、将来、自立して生きていく力でしょう。ビジネス領域でもアージリスが同様の指摘をしています。力の強すぎるリーダーの下では、部下は成長が阻害されると。


以前、ダウンタウンの浜ちゃんと志村けんさんのテレビ対談の中で、お笑いの世界で大御所の息子や弟子が本当の意味で大成した話を聞いたことがない…と語りあっていました。師匠との濃密な人間関係が、結果的に師匠を超えられなくするのだと言うのです。


メンタルヘルスの世界でも、魚の取り方を教えてもらえてないのではないかと心配になることがあります。それは、一部のCMHP(日常的精神健康問題:そんな重症じゃないうつ病や神経症、自律神経失調症)の方たちです。


もちろんお薬が治療の中心になる心の病気もいっぱいあります。けれど、欧米では少なくともCMHP程度であれば、日本のように薬だけ出される治療は対症療法にしか過ぎず、完治にはカウンセリングが不可欠…とはっきり治療指針にも明記されだしているのです。日本では、一度飲みだすと薬がなかなか止められない…という事情にも納得がいきますよね。

効果のわからない大量の薬を何年も飲み続けて副作用が出たり、どこまで役立ってるのかはっきりしない民間療法に高額を払って通い続けているという話もよく聞こえてきます。

当然、欧米がすべてじゃないし、日本の医療の現実もあることは理解しているつもりですが、それでも一部のまじめな患者さんが“今以外”の情報の存在さえ知らずに現状を信じ苦しんでいるとしたら、それは残念なことです。

もちろん、地道に長い期間、薬やカウンセリングを長く続けることが必要な方もたくさんおられるので、すべてを否定しているわけではないのでそこは誤解しないでくださいね。







世の中には、極論すれば2つのプロに分けられると私は思っています。ひとつは、自分の技術を高めてサービス提供する“求道型プロ”。ふつうの人が取れない魚を鍛えた技で取ってくれるプロたちです。

一方で、簡単な魚の取り方さえ隠匿し、お客さんが賢くなることを阻害することで楽な魚売りを続けようとする、いわゆる“お山の大将型プロ”もいます。

CMHPでは、手術のような治療者にお任せするしかない一方通行とは違い、共同作業の中で患者さんが自分に最も適した方法をいかに見つけるか?という技術習得の要素が強いと言われます。師匠と弟子に近いと言っていいでしょう。

中島敦の短編小説「名人伝」には、弟子の成長を阻害するために教える内容を偽り、嘘も辞さない…そんな心の狭い師範を「弟子は師匠の所有物ではない」と示唆されるような場面があります。さすがに日本の治療者が、経営上の理由で意図的に治らないことを願う…とは思いませんが…孔子のいうところの“不勉強の罪”は問われますよね。

ただ、CMHPではどんなに治療者がよくても患者さんの自助努力は完治に不可欠であり、逆に、治療側の不足さえ自助努力で乗り越えられる可能性が他の疾患以上に高いということも知っていただきたいのです。





適菜収さんがベストセラー『ゲーテの警告 日本を滅ぼす「B層」の正体』(講談社プラスアルファ新書)の中で、“B層”の存在について言及しています。

いわゆる、テレビや新聞にはすべて真実が書いてあると鵜呑みしてくれる、世論操作しやすい“善良で扇動しやすい”主婦、若年、高齢者層のことで、過去に郵政民営化の為にカモにされていたのでは…?と国会でも問題にされたとか。

政治的B層の存在は私はわかりませんが、「薬飲んでセロトニンを増やせば、うつは治る」といった学者やメンタル産業の根拠に欠く諸説を鵜呑みさせられて行き詰まり苦しみの渦中にある、いわゆる“メンタルヘルスB層”の存在はとても懸念しています。

医療不信をけしかけてるようでしょうか?

でも、欧米では医者は効果的とされる治療でさえ常に疑いの目を持て(批判的吟味)と指導されています。その延長で、患者さんだって信頼できる主治医を基本的には信頼しつつ、盲信はしない…そういう姿勢こそ、自助の役割が大きい心の疾患の患者さんこそ、“完治”に不可欠ではないかと思うのです。


そのためには、やはり、私自身も研究しているのですが、セルフヘルプ(自己学習)治療の充実や、プロの専門家以下でボランティア以上の低強度治療専門家の育成も問われているようにも思います。


魚(薬や対症療法)を漠然と与えるだけではなく、魚の取り方(根本的な治し方)を広げられる治療者こそが、求められていると言えるのではないでしょうか?


コツさえわかってしまえば簡単に完治できる心の疾患を抱えておられる方も、相当な割合でおられるという世界の現実を知っていただきたいのです。










«結局、精神科医がうつ完治の邪魔…!?