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2013年8月 4日 (日)

精神科医が、どの口で”科学的”なんてのたまうのか?

人間の“心”の究極のメカニズムというものは、科学をもってしても完全に解明されることは半永久的にないだろうと私は思っています。


偉大な科学者であるニュートンは、こう言いました。


「私は真理という大海原を目の前にして、浜辺の上にすべすべした石やちょっときれいな貝殻を見つけては、はしゃぎ喜んでいる子どもにすぎない」。自分が発見したことなど、この広大な世界のほんの断片にすぎない、ということです。


裏返せば、「この世界のすべてなど、とうてい知ることはできない」という、とても謙虚な思いを表した言葉ともいえるでしょう。


それに比べて、精神医学は、広くて深い“心”というものを、あまりに単純にモデル化しすぎているようにも感じます。


そして、「自分は、もうだめだ」といった思考が湧いてきた時、その仮説修正に支障を生じる(思い込みをあらためられなくなっている)のが、流行の認知療法風に言えば、うつの病理というのならば…

セロトニンが足りなくなるからうつになり、セロトニンが増えればうつは治るというような…


いまだ実質的に行き過ぎたセロトニン仮説の修正がままならず薬偏重に陥っている精神医療の現状こそが、行き詰っている“現代うつ治療”自体の病理というのは言い過ぎでしょうか。


さらに私が懸念するのは、患者さんが必死の思い出探し出してきた民間療法を「科学的でない」の一言で切り捨てる精神科医が多いことです。でも、本当に科学的でないのはどちらでしょうか?


セロトニン仮説を本気で信じこむ専門家の姿勢は、どこまで科学的
だといえるのでしょうか?


拙著の脳の慢性炎症というテーマには、そうしたことへのアンチテーゼもこめたつもりです…


拙著“「脳の炎症」を防げば、うつは治せる”(永岡書店)あとがきより抜粋

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